仙台の旅 6 ・ あれから3年半・・・
そう、あれから3年半の月日が流れようとしています・・・
物見遊山で行ったつもりはありませんが、果たしてこのテーマでブログにしていいものか?
あるいは大勢の方が亡くなられた場所をアップしても良いのか非常に悩みました
毎日お気楽に今日は何を食べようか?今度はどこへ行こうかなどと考えている自分が、震災で物凄い被害を受けた地域に行く事自体どうかと思っていました
ましてその事についてブログにするなんて、非常に不謹慎ではないかとも考えました
貴重な休みにボランティアで頑張っている人もいるのに、自分は何もしていない
そんな後ろめたさもあったし・・・
仙台市内はとても賑わっていて、あの日に大震災があった事など微塵も感じることはできません
それに比べ、この地区はやっと瓦礫の撤去が済んだ程度で、廃墟となった大きな建物はいくつか残ったままである
先輩はこう言った
自分だってボランティアみたいな事はしていないし、日本中のほとんどの人が自分が住んでいる地域に大災害が起こるとは考えていない
同じ宮城の人でも、大きな被害を受けた人とそうでない人の温度差は激しい
それと報道はあまりされていないが、違った側面での問題も出てきていると・・・
あまり多くは語らなかったが、自分が見て感じた事を話し、復興が遅々として進んでいない事も伝えてほしいと・・・
南三陸町防災対策庁舎です
実際にこの目で見ると、相当凄まじかったんだろうと思うと共に非常に複雑な気持ちになりました
手を合わさずにはいられませんでした
報道等でご存知の方も多いと思いますが、津波はこの建物の屋上2mの高さまで到達しました
津波と言うよりも、高さ20mはあろうかと言う水の壁が押し寄せてきた感じだったそうです
助かった方は屋上のアンテナに登ったりしていた10名の方々だけだったそうです
役場の方が克明に記録したその瞬間が公開されています
http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_bosai-tyosya.html
最後まで非難を呼びかけていた若い女性職員の記述もあります
南三陸町は現在土地のかさ上げ工事中で、復興には程遠い感じです
大震災から半年ぐらいたったような進み具合で、3年半が過ぎたとは思えません
被害が大きく広範囲にわたっているからあるは程度しょうがないとは言え、それにしても遅すぎる思います
仮設住宅などで不自由な生活を強いられている方は、もっとそう思うに違いないでしょうね
ほんの少しだけ見てきた自分が言うのも説得力がありませんが、政府が相当本腰を入れてやらなければ当分復興は無いと感じました
それと共に福島第1原発の事もあります
誰かが言った「2020年にオリンピックを開催している場合か?」と言う言葉を、ふと思い出しました
でも自分を含め、東京オリンピックが開催されれば多くの人がスポーツの祭典に興奮し楽しむ事でしょうね・・・
その反面、オリンピック開催の時にも仮設住宅や元の生活に戻れないままの方も居るような気がしてなりません
こんな風に偉そうに言っている自分だって、次の記事は楽しそうに宮城グルメの事を書いている事でしょう・・・
これじゃ物見遊山で行ったと言われても仕方ないですね
近年日本各地では大雨による洪水や土砂崩れ、土石流による大きな被害、あるいは突風や竜巻、ダウンバーストよる甚大な被害が出ています
地震や津波以外でもそんな大きな災害が、いつ自分たちが住んでいる地域で起こってもおかしくないと言う事をあらためて認識すべきだと感じました
物見遊山で行ったつもりはありませんが、果たしてこのテーマでブログにしていいものか?
あるいは大勢の方が亡くなられた場所をアップしても良いのか非常に悩みました
毎日お気楽に今日は何を食べようか?今度はどこへ行こうかなどと考えている自分が、震災で物凄い被害を受けた地域に行く事自体どうかと思っていました
ましてその事についてブログにするなんて、非常に不謹慎ではないかとも考えました
貴重な休みにボランティアで頑張っている人もいるのに、自分は何もしていない
そんな後ろめたさもあったし・・・
仙台市内はとても賑わっていて、あの日に大震災があった事など微塵も感じることはできません
それに比べ、この地区はやっと瓦礫の撤去が済んだ程度で、廃墟となった大きな建物はいくつか残ったままである
先輩はこう言った
自分だってボランティアみたいな事はしていないし、日本中のほとんどの人が自分が住んでいる地域に大災害が起こるとは考えていない
同じ宮城の人でも、大きな被害を受けた人とそうでない人の温度差は激しい
それと報道はあまりされていないが、違った側面での問題も出てきていると・・・
あまり多くは語らなかったが、自分が見て感じた事を話し、復興が遅々として進んでいない事も伝えてほしいと・・・
南三陸町防災対策庁舎です
実際にこの目で見ると、相当凄まじかったんだろうと思うと共に非常に複雑な気持ちになりました
手を合わさずにはいられませんでした
報道等でご存知の方も多いと思いますが、津波はこの建物の屋上2mの高さまで到達しました
津波と言うよりも、高さ20mはあろうかと言う水の壁が押し寄せてきた感じだったそうです
助かった方は屋上のアンテナに登ったりしていた10名の方々だけだったそうです
役場の方が克明に記録したその瞬間が公開されています
http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_bosai-tyosya.html
最後まで非難を呼びかけていた若い女性職員の記述もあります
南三陸町は現在土地のかさ上げ工事中で、復興には程遠い感じです
大震災から半年ぐらいたったような進み具合で、3年半が過ぎたとは思えません
被害が大きく広範囲にわたっているからあるは程度しょうがないとは言え、それにしても遅すぎる思います
仮設住宅などで不自由な生活を強いられている方は、もっとそう思うに違いないでしょうね
ほんの少しだけ見てきた自分が言うのも説得力がありませんが、政府が相当本腰を入れてやらなければ当分復興は無いと感じました
それと共に福島第1原発の事もあります
誰かが言った「2020年にオリンピックを開催している場合か?」と言う言葉を、ふと思い出しました
でも自分を含め、東京オリンピックが開催されれば多くの人がスポーツの祭典に興奮し楽しむ事でしょうね・・・
その反面、オリンピック開催の時にも仮設住宅や元の生活に戻れないままの方も居るような気がしてなりません
こんな風に偉そうに言っている自分だって、次の記事は楽しそうに宮城グルメの事を書いている事でしょう・・・
これじゃ物見遊山で行ったと言われても仕方ないですね
近年日本各地では大雨による洪水や土砂崩れ、土石流による大きな被害、あるいは突風や竜巻、ダウンバーストよる甚大な被害が出ています
地震や津波以外でもそんな大きな災害が、いつ自分たちが住んでいる地域で起こってもおかしくないと言う事をあらためて認識すべきだと感じました
この記事へのコメント
知り合いの御夫婦などが継続的にボランティア活動してることを聞くと、頭が下がります。
自分なりに心掛けていることは、被害に合った地域の食材を選んで買うことくらいです。
それにしても地元の中でも温度差が有るということを聞くと、やはり大きな力、日本政府が迅速に進めていかないといけないですね。
ただ、今朝の新聞等によると、仮設住宅の土地の地権者との問題や建築資材の高騰、土木関係の技術者の不足などなど、解決が困難な問題が山積しているようですね・・・
先輩がおっしゃったというお言葉もしみました。
とても貴重なお話を聴かせていただいた気持ちです。
実は私も日曜日に石巻に行ったばかりなので、震災・津波について考えていたところでした。
その後も災害が各地で相次ぎましたし、正直そのすべてにボランティアのような形でコミット出来ないなら、まずは自分が日々無事に過ごしていることに感謝の気持ちを持つことが大切かと思っています
石巻に行かれたならお分かりだと思いますが、震災による被害が及ぼした別の問題も簡単には解決できませんよね
それでもまず生活の基盤である住む所を、早く国の支援で整備できないかと思っています・・・
国の大胆な支援が必要ですよね
おっしゃる通り、日々無事に生活できている事に感謝しないといけませんね